家を買うということについて
僕の住んでいる家は築40年位で、とても古い。
交通の便はあんまり良くないし、職場までも車で1時間弱と、ぶっちゃけ不便だ。
でも、もっといい、便利な場所に住みたいとは思わない。
あと、個人的には一軒家がやっぱり好きだ。
大学、社会人生活で一人暮らし用アパートに6年ほど住んだけど、傷をつけては行けない感じとか、物音に気をつけないといけない感じはやっぱり窮屈。
今の職場では、30代の所帯持ちが多くて、家を買うだ、マンションを買うだ、といった話をよく聞く。
「古い家を処分して立地のいいマンションを買う」
「古い家を壊して新しく立て直す」
という人が結構いるのだけど、どちらももったいないと思う。
新しくてピカピカな家って暖かさがない。
上手く言えないけど量産的で無機質で、家というよりホテルみたいな感じがしてしまいそうだ。
言いたいことの3割もなんか言えないんだけど、古い家を、古い不便さを楽しみながら家の装飾にもレイアウトにもこだわることなく自然体で家を愛していきたいということが言いたかった。
ボロボロの畳ちゃんの上より。
大人の「遊び」について
大人が「遊ぶ」というとき、具体的にどんなことを指しているのか考えてみた。
まず、子供の遊ぶというのは、おにごっこしたり、ゲームしたりであると思う。
○○君と遊んでくる!とか小さいときは言っていたけど、まさに一緒に娯楽をするということに間違いないし、その娯楽そのものを遊ぶといっていた。
大人になって誰かと娯楽をすることはあるけど、それは遊ぶということ自体ではなくて、誰かと会ってコミュニケーションすることを指していると思う。
自分は大人の「遊ぶ」というのはたちが悪いと思っている。
このコミュニケーションをすることについても、どこか、「自分に酔う」要素が含まれていると思う。
子供の遊ぶでは、娯楽が楽しければいいのに対して、大人の遊ぶは自分を着飾って、どこか他人より優れているぞ、ということを見せびらかすことにウェイトがあるように思う。
街を見ても遊んでいる大人(出かけている大人も広義の意味では含んでいるかな)は着飾って優越感に浸っているように思う。
これだけ書いてもうまく言えないけど、そういうのはすごく嫌いです。
でもそういう遊びをしていかないといけないんですよね。
自分は娯楽に主体を置くタイプだから家にこもってゲームをしているのが好きなのかもしれないな。
それとも自分に自信がないから見せびらかす遊びに向いていないだけかもしれないな。
最後に、水商売的な大人の遊び、というのは大人ではなくて不良がするものだと思ってます。タバコと同じだと思ってる。
人間いろいろだあ。
本が友だちの27歳
本が友だちの27歳男です。
読んだ本のことや、あった辛いこと、考えたことなどを書いていきたいなと思います。
簡単な自己紹介としては、
・27歳
・男
・実家暮らし
・社会人
・資格特になし
・ゲーム、読書が趣味
・スポーツ観戦が好き(テレビ)
・節約を心かげている
・インドア
と言った感じです。
どこにでもいるちょっと暗めの人ですね。
面白いブログにしようとかではなく、自分の思ったことを素直に書いていければいいと思っています。
よろしくお願いします。